本で人は幸せになれるか

本を読むことで人は幸せになれるのか。本の中から人生をどのように生きていくかを学びます。

ソースカツ丼が苦手な人にソースカツ丼を食べさせる方法~人の行動は変えられるのか考えてみる~

 

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先日、福井県に行ってきました。福井県福井市の名物はソースカツ丼とのことで、100年以上の歴史を誇る「ヨーロッパ軒」のソースカツ丼を食べてきました。

 

カツ丼といっても、カツを卵でとじたものではなく、揚げた薄い豚肉をソースにくぐらせたものが直接ごはんにのっています。

 

確かに美味しい!ソースの味付けが絶妙でした。他でもソースカツ丼を食べたのですが、ヨーロッパ軒のものの方が何倍も美味しかったです。

 

そこでふと考えたのです。このソースカツ丼はおいしいけど、苦手な人もいるだろう。そのような人に関係性を崩すことなく、より自然な形でソースカツ丼を食べさせることは可能なのか。

 

 

今回は人により自然な形でソースカツ丼を食べさせる方法を考察します。

 

 

 

①おいしさを言葉で伝えて、本人の意欲を上げる。

ソースカツ丼の魅力を言葉で伝えて本人のソースカツ丼食べたい!という意欲を上げる方法。

⇒しかし、これは身近にソースカツ丼があることが前提であり、用意したとしてもた べてくれる確証がありません。

 

 

ソースカツ丼を食べなければペナルティを与える。

ソースカツ丼を食べなければ叩かれる、大切なものを取られる等のペナルティを与える。

⇒これも身近にソースカツ丼があることが前提で、関係性は壊れてしまう可能性が大です。

 

 

ソースカツ丼を食べたらご褒美をあげる。

ソースカツ丼を食べたらお金をあげる等、本人の欲しがるものをご褒美として与える。

⇒本人の目の前にソースカツ丼を置き、これを食べたらご褒美をあげると宣言して食べてもらいますが、お金の価値が分からない人には効果がありません。また、飴がもらえるなどの安いご褒美では動かない可能性が高いです。

 

 

④飢餓状態に追い込み、ソースカツ丼しか食べれないようにする。

⇒もう関係性は末期的に悪くなるでしょう。

 

 

⑤本人の好きな人に食べさせてもらえる。

本人の好きな異性や芸能人に登場してもらい、食べさせてもらう。

⇒いよいよコストが大きくなってきます。好きな芸能人に食べさせてもらえるなら食べそうな気がしますが、気が動転してそれどころではないかも。もう口に入ったのがソースカツ丼であろうがなかろうが関係ない状態かもしれません。

 

 

福井県に連れて行き、ソースカツ丼しかない店に誘導、名物は食べたほうがいいとそれとなく話しておごってあげる。

⇒これが一番自然な形に収まるかもしれません。しかし、コストは膨大(東京から往復3万円以上!不自然にならないような日程調整、旅行になってしまうので、一緒に旅に行けるぐらいの人間関係の構築も必須です。

 

 

なんでこんなことを考えていたかというと

 

自由と尊厳を超えて B・F・スキナー 春風社

 

を新幹線の中で読んでいたからです。

 

 

本書でスキナーが言いたいのは、自由を奪え、ということではない。自由なんてもともとなかったということだ。人は常に周囲からのコントロールを受けていて、あらゆる行動はその結果にすぎない。ぼくたちが自由だとおもっているものは、実は単に「コントロールを受けているのにそれを知らない」というだけの話だ。たとえば、僕は昼食に自由意志で生姜焼き定食を選んだつもりでいるけど、それは実は生姜焼きが母の得意料理だったので子供時代に強化された結果であり、環境にコントロールされている。だからだんだん人と環境との相互作用が解明されてくれば、いままで自由だと思われていた部分はどうしても狭まる。(訳者あとがきより)

 


「周囲の環境を変えることによって人の行動を変化されることができるか」ということを自分なりに考えてみたのですが、やはり「無理やり」人を動かすということは難しいし、自然に動かそうとするだけでも可能ではあるが、莫大な手間と労力が必要なのだと改めて感じました。

 

「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」

 

かの連合艦隊司令長官山本五十六の言葉ですが、海軍は完全なるピラミッド社会、上からの命令は絶対であり、連合艦隊司令長官の命令ともなれば兵にとっては神の言葉に匹敵するほどの拘束力をもっていたはずです。それでも自分自身コストをかけないと人は動いてくれないよと山本長官は説きます。

 

人を動かす、行動を変えるとはどのようなことなのかと考えさせられます。

 

現在の私の答えは

 

「人を動かすことは可能であるが、膨大なコストがかかるので、人の行動を変えるよりも自分を変えてしまった方がコストがかからないので楽」

 

です。

 

如何でしょうか。

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