本で人は幸せになれるか

本を読むことで人は幸せになれるのか。本の中から人生をどのように生きていくかを学びます。

「障害者」はいないほうがいい?自分の存在についても考えさせられる本

f:id:ohashikun:20170815230227j:plain

 

忘れもしない平成28年7月26日、出勤前に観たニュースに衝撃を受け、テレビに釘付けになりました。

 

と同時に「ついにこの日が来たのか」と思っている自分もいました。

 

 

相模原障害者施設殺傷事件

神奈川県立の知的障害者福祉施設津久井やまゆり園」で当時26歳の元施設職員の男が侵入し、刃物で19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた大量殺人事件。

 

 

丁度その頃、入所施設で働いていたので、宿直するときには緊張しました。なぜなら、入所施設は侵入しようと思えばどこからでも簡単に入ることが出来るのです。犯人がそこで働いていたことがある者ならなおさらです。どこに誰がいて、この時間にどのような動きをしているかなど手に取るように分かってしまうのです。正直、完全に防ぐ手立てなどありません。 

 

 

 

大学にいた頃から、自閉症の子供たちに魅了され、ボランティアに没頭する反面、支援の難しさ、なぜこのような人たちが生まれてきたのか、生まれてきた意味はあるのか、なぜ今の社会は「障害者」との共存を選んだのかとずっと考えていました。

 

 

自分自身も障害を持った人たちと向かい合う時、言葉にできない心のザワザワ感を何度も何度も味わってきましたし、自分の汚い部分もこれでもかと見ることになりました。キレイごとでは済まされない世界がそこにありました。

 

 

まさかこのような本がでるとは、学生の頃に出合いたかった。

 

 

 障害者のリアル×東大生のリアル 野澤和弘 ぶどう社

 

 

「あなたたちの子供は社会の役に全く立っていません。権利を主張する前にたくさんの税金を使ってしまっていることを謝ってください」

 

 

相模原の事件の 犯人の主張ですが、ネットを開けば障害者は「池沼」などと表現され、「映画に行ったら『池沼』がいて台無しにされた。『池沼』はこなければいいのに」「電車にパワー系池沼が乗ってきて怖かった」などという意見も散在されます。

 

 

はたして本当に「障害者」がいなくなった世界は幸せなのでしょうか。少し考えてみましょう。

 

 

①障害者を全員いなくなるというのはどのようなことなのか。

日本の平成21年~23年度の調査では16人に1人の人はなんらかの障害があるということが分かっています。現在日本の人口は1億2000万人ほどですが、障害者がいないと方が幸せと言ったらいったい何百万人コロセばいいのでしょうか。

その大虐殺を生き残ったとしても、自分がいつ中途障害者になり、税金を使う立場になってしまうのではないか、そしてコロサれてしまうのではないかとおちおち安心して生活できません。

 

 

②「障害者」と「健常者」のあいまいな線引き

自閉スペクトラム症という障害があります。いわゆる自閉症ですが、現在ではは自閉症と健常者の間には虹のような連続性があるという考えになっています。川に挟まれたような存在ではなく、「健常者」との線上に自閉症の方もいるというイメージです。つまり、定義があいまいで、はっきり違うものということではないということになっているのです。ふつうの職場にもアスペルガーの方や精神障害の方は大勢います。コロすとしたらどこまでコロせばいいのでしょうか。

 

 

ナチスの信望者でいいの?

今回の件で私がいちばん違和感を感じたのは、犯人がナチスの信望者であり、障害者の安楽死計画を模したという点です。

第二次世界大戦前夜の世界は「優生学」が台頭しており、凄まじい差別の世の中でした。優生学の先進国はアメリカで、ドイツ人は真面目に優生学を実行に移しました。当時のナチスドイツの世界観では日本人など「黄色いサル」ぐらいの認識でしょう。(ヒトラーの「我が闘争」にも日本人に対する差別発言があります。)

ナチスの信望者なのに、実は差別される側にいるというのはなかなかシュールです。そしてナチス安楽死計画は「失敗」しています。

 

 

④意思疎通ができない人をどこから線引きするつもりか。

 犯人は「意思疎通のできない人を安楽死させます」と言いますが、どこからどこまで意思疎通ができるできないと判断できるのでしょうか。いくら動けなくても、話せなくてもその人の中に高い知能が、高い精神性が「ない」と証明はできません。

 

 

 障害の定義自体があいまいなもので、障害者を差別するその人自身の立場も危うくなってしまうことが分かるのではないかと思います。

 

 

しかしながら「障害者を差別してはいけない」と頭ではわかっていても、その瞬間、この人の「生」になんの意味があるのかと考えてしまう瞬間はあります。理不尽に障害者に殴られた時、便で遊んで本人が便で汚れているとき、レストランで車いすをビニールハウスのようなもので覆い、終始痰を吸入している人を見たとき…

 

 

私はまだ答えを持っていません。

ただ、私は「のっぺらぼう」の障害者しか知らないわけではない。血の通った「障害者」と呼ばれるその人たちの中でも数少ない人を知っているので、非力ながらただその人たちだけでも手助けはしたいと思います。また、優生思想は社会に根強く浸透していますが、それを認めてしまうと社会が不安定になる、自分が住んでいる社会が不安定では困る。だから、安心して子供が生める、育てられる社会をつくらなければならないと思うのです。

 

 

なにより優秀じゃないと生きてく価値はないと言われたらなにより私自身の身が危なそうです。

 

 

障害者のリアル×東大生のリアルを読んでアホな私は率直に「東大生ってやっぱり頭いいな」と思いました。1つの課題に集中してとことん考えるということが出来るということはやっぱり凄いことなのだと思います。また同時にこの本を読んで、東大生も私たちと同じ泥臭い悩みを抱えているのだと知ることができました。

 

 

この本は良書です。様々な人に読んでもらいたいです。

 

 

f:id:ohashikun:20170823225325j:plain